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仙台高等裁判所 昭和24年(ツ)11号 判決 1951年2月12日

上告人 控訴人・被告 上遠野留次郎

訴訟代理人 真木桓 外一名

被上告人 被控訴人・原告 木下テツ 外四名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人真木桓及び同勅使河原直三郎各提出の本件上告理由は末尾添付の「上告理由書」記載のとおりである。

真木代理人の上告理由第一点及び勅使河原代理人の同上第一点について、

原審で当事者双方から申出でた証人小野義一の尋問は、原審昭和二十四年八月二十二日の口頭弁論において上告人(控訴人)の訴訟復代理人もこれを抛棄する旨陳述したことは右期日の口頭弁論調書により明白である。論旨採用に値しない。

勅使河原代理人の上告理由第二点について。

被上告人は第一審以来本件係争地を含む宅地百三十四坪四合七勺は訴外小野務平の所有であつて、被上告人先代は昭和十年五月中小野務平から右土地を賃借したと主張し、この事実は上告人もこれを認めたところであり、しかも上告人は第一審以来右の争ない事実を基礎として、小野務平と被上告人等の賃貸借が期間の経過により終了したので、小野務平は本件係争地を含む右宅地の一部を被上告人先代から返還を受け、これを上告人に賃貸したとの事実を主張しこれを以て被上告人の本訴土地明渡請求を拒否する理由としたことは、原判決の引用した第一審判決の事実摘示により明白である。然らば係争地が小野務平の所有であり同人が被上告人に対して前記土地を賃貸したとの被上告人主張の事実は被上告人の攻撃方法であると同時に、右の事実を認めてこれを自己の防禦方法の基礎とした上告人にも利益な事実にあたるものといわなければならない。従つて既に上告人が右のような主張をした後に、被上告人において前記主張を変更しこれと相容れない事実を主張することは自白の取消に外ならないものというべきであるからして、被上告人といえども恣に右主張を変更することは許されないものといわなければならない。然るに被上告人は控訴審の中途において、前記宅地は被上告人先代の賃借当時訴外小野普平の所有であり現在は同人の家督相続人小野義一の所有であつて、小野務平は小野普平の代理人としてこれを被上告人先代に賃貸したものであると前記主張を変更したことは記録上明らかであつて、右は前敍の理由により自白の取消にあたるものというべきであるが、この自白の取消につき、被上告人において前示変更前の主張が真実に合わないこと及びそれが錯誤によるものであることを主張立証した形跡はないのみならず、上告人において被上告人の右主張の変更に同意した形跡も認められない本件にあつては、被上告人の前記主張の変更による自白の取消はその効力がないものといわざるを得ない。されば原審は被上告人の右主張の変更にかかわらず、係争地を含む前記宅地が訴外小野務平の所有であり被上告人先代に対して右土地を賃貸したのも同人であるとの当事者間に争のない事実を基礎として審理裁判すべきであるのに、被上告人の主張変更の結果争あるものとして証拠により右に関する事実を認定したことは違法たるを免れない。しかし原審が証拠により認定した結果は被上告人の右主張変更前における当事者間の争のない事実と一致すること原判文上明らかであるから、右の違法は原判決の主文に影響を及ぼすものではない。のみならず上告人は前記のように係争地が訴外小野務平の所有であつて被上告人も同訴外人からこれを賃借したものであるとの事実を認めこれを基盤として自己の防禦方法を構成しているにかかわらず、上告人の認めた右事実に符合するとの原審の認定を目し当事者の主張しない事実を認定したとか、或は証拠関係からみて右の認定が不法であると攻撃する所論は、畢竟自家撞着のそしりを免れず、いずれにしても論旨は結局採用し得ない。

真木代理人の上告理由第二点及び勅使河原代理人の同上第三点について。

原判決が当事者間に争のないところとしたのは、訴外江連吉太郎が本件係争地を含む宅地百三十四坪四合七勺の地上に、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十四坪-木造瓦葺平家建工場一棟建坪二十四坪五合を所有し、これを一画の宅地として使用居住していたというのであつて、つまり右江連吉太郎の右宅地の事実上の使用状態を指したものに外ならず、右宅地賃貸借契約において定められた土地使用の目的が宅地全部につき建物所有のためであつたということまでも当事者間に争なしとしたものでないことは原判文上明らかである。而して原審が当事者間に争のないものとした右事実を上告人において認めたことは原判決及びこれに引用する第一審判決の事実摘示により明らかであつてこの事実は小野務平が右宅地を賃貸するに当り係争地を含む一部を特に建物所有以外の目的で賃貸したものであるとの上告人の主張と何等矛盾するものではない。所論は原判決の趣旨を正解しないによるもので採用し得ない。

真木代理人の上告理由第三点について。

原判決はその挙示する証拠により、小野務平は前記宅地百三十四坪四合七勺を江連吉太郎に賃貸する前に瓦製造業を営む佐川定蔵に賃貸したのであるが、その際にも建物敷地と粘土の干場とを区別しないで一区画の宅地として貸したものであり、江連から前示二棟の建物を買受けた被上告人先代も建物所有の目的で右宅地全部を賃借したものと認定したのである。所論は要するに原判決の認めない事実に基いて原判決を論難するもので到底採用に値しない。

真木代理人の上告理由第四点及び勅使河原代理人の同上第四点について。

被上告人が本訴で主張するところは、被上告人先代木下基七は昭和十年五月中地主小野務平の仲介で前記二棟の建物をその所有者江連吉太郎から買受け所有権を取得すると同時にその敷地である前記宅地百三十四坪四合七勺を目的として小野務平との間に期間十年(昭和二十年五月末日まで)賃料一年につき金四十七円と定めて賃貸借契約を結んだというのであつてその趣旨は右建物の前所有者と地主との賃貸借関係にかかわることなく新に地主小野と賃貸借契約を締結したというに外ならないこと、そして上告人も第一審以来右の趣旨において被上告人主張の右事実を認めると述べたものであることは、原判決引用の第一審判決及び第一審口頭弁論調書によりこれを領するに十分である。而して上告人は本訴の当初から、被上告人先代の賃借した右土地のうち係争地を含む一部は建物の所有を目的としたものではなく、従つてこの部分の賃貸借については借地法の適用がないと主張してきたのであるが、更に第一審の終局に近づいた昭和二十二年五月二十七日の口頭弁論で、同日附の準備書面により、被上告人先代は前記建物の前所有者江連吉太郎の土地賃借権を承継したもので、この承継した賃貸借の残存期間を昭和二十年五月末日までと定めたのであり、江連の賃借した時から起算すれば右昭和二十年五月末日までの期間は二十年以上となるから、被上告人先代と小野務平との間の賃貸借は右昭和二十年五月末日限り終了したものであるとの主張を附加するに至つたことも記録上明らかである。而して上告人の右主張は上告人が前に認めた被上告人主張の事実と相容れないものを含むことはいうまでもないところであつて、その相容れない限度においては前の自白を取消す趣旨と解し得られないではないが、しかし既に勅使河原代理人の論旨第二点について述べたように、自白の取消は自由自在にこれを許されるものではないからして特にそれが取消の要件を具備して適法になされた形跡の認められない本件においては取消の効力を生じないものといわなければならない。されば原審が上告人において右のような主張をしたにかかわらず、前示土地につき昭和十年五月中被上告人先代と小野務平との間に賃貸借が成立したことは当事者間に争のない事実とし、これを判断の基礎としたことは違法とはいえない。所論は以上と異る見地に立つて原判決を論難するもので採用できない。

真木代理人の上告理由第五点及び勅使河原代理人の同上第五点について。

原判決は被上告人先代においてその賃借地中上告人が新に小野務平から賃借したと主張する部分についても、その賃貸借を賃貸人との合意により解約したことは勿論、この部分を返還した事実も認められないとした趣旨であることは原判文上これを領し得られなくはないから、本論旨も亦理由がない。

以上の次第で本件上告は理由がないから民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷本仙一郎 判事 村木達夫 判事 猪狩真泰)

代理人真木桓上告理由

第一点原判決は控訴人の事実摘示に於て其証拠として援用した部分に控訴人が申請した証人小野義一の取調を採用と決定され右は平簡易裁判所に嘱託されたので取調のため呼出があつたが、同人は差支あり出廷せず未済で延引されてあつたが何等取消又は抛棄の申立を為さなかつたのであるが、原審裁判はこれに対して取調を為さずに其儘にして弁論を終結したのは民事訴訟法に違反した不法あるものであり、控訴代理人は右については一回も抛棄を申立た事実がないのである。従つて重要なる証人の取調を何等の決定によらずに終結し判決の証拠の点にも此を逸脱したる違法あるものである。

第二点原判決は其理由の点に於て、一、而して訴外江連吉太郎が右宅地のうち、百三十四坪四合七勺の地上に木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十四坪木造瓦葺平家建工場一棟建坪二十四坪五合を所有し、これを一画の宅地として使用居住していたこと昭和十年五月中被控訴人等先代木下甚七が小野務平の仲介で右二棟の建物を江連吉太郎から買い受け同時に右宅地百三十四坪四合七勺を期間十年(昭和二十年五月末日迄で)賃料一ケ年金四十七円の約束で小野務平から賃借したこと……云々」は当事者間に争がないと判示したのであるが、右につき控訴人は第一審以来前記江連吉太郎が右宅地に付百三十四坪四合七勺を現在家屋を建設しており、本件係争の土地については一画としてでなく、特に練瓦の土練場として使用する目的で賃貸した事を極力主張して本来の建物建設の目的地と区域と本件係争の区域とを区別してあつた事実を争つているものである事は原審及第一審の控訴人の主張で明かである。然るに原審は単に一画として使用していた事は争なしと認定したのは事実の重大なる誤認であつて、当事者の争ある事実を争なしとしたのは主張せさる事を主張したと誤つたもので違法であり、理由に齟齬あるものである。

第三点原判決は控訴人が第一審及原審で主張した最も重大なる借地法上の期間について判決に摘示せず理由を説明せざる違法あるものである。即ち「控訴人は小野務平が被控訴人等先代に賃貸した本件宅地のうち、後に控訴人に賃貸した部分は瓦の土を練る場所として賃貸したものであつて建物の所有を目的として賃貸したものではないから、この部分については借地法の適用がないと主張するから審按するに」と判示して其後段に於て「小野務平は本件宅地を江連吉太郎に賃貸する前瓦製造業を営んでいた訴外佐川定蔵にこれを賃貸したが別にこれを建物敷地と粘土の干場とに区別して賃貸したものでなく一区画をなしている宅地としてこれを賃貸したものであり江連吉太郎から云々」と説明している。然しながら控訴人は佐川定蔵の時代から引続き江連吉太郎に又江連から被控訴人の先代木下甚七に同一条件で継続的に賃貸したものであり、佐川定蔵時代及江連時代には建物の建設を目的とした宅地と本件係争の粘土の練場とに区別して賃貸した事を主張し、且その証拠を種々挙げているものである事は控訴人の全主張事実によつて明かであるし、被控訴人もこれを受継いで本件係争地を鰯の干場として使用するため小野務平から賃借していたもので現在は畑として野菜を作つていて明かに他の区域と区別せられているものである。

第四点原判決は本件の賃貸借の期間について被控訴人と小野務平との契約は借地法第十七条第一項によつて二十年であるとし、この起算点を江連吉太郎に賃貸し其儘の条件で引継いたものであるのに拘らず、昭和二十年五月末日迄延長されたものと認定したのは事実の重大な誤認であつて、別個の契約によつたとあるも江連吉太郎の分の残りを十年間として昭和二十年五月末日迄二十年間で賃貸借の終了をするものと見た当事者間の意思を無視した違法あるものである。

特に本件に於て争いとなつているのは小野務平が木下甚七に対して賃貸借の解除をしたか否かにあるが、原審はこれに対してはこの解除の有効か無効かの判断をせざるは理由不備の違法あるものである。

第五点本件につき原判決は本件地域の場所について合意の解除がない旨判示したが、控訴人は単に小野務平が本件土地の返還を受けたばかりでなく、控訴人は直接引渡も受けたものである事を主張しているのであるが、此点については原審は何等の理由説示もないのであつて違法である。即ち被控訴人の先代は被控訴人一部を代理人として立会させ訴外小野務平(地主)と控訴人と立会の上被控訴人の側の地域と控訴人に引渡すべき地域即ち本件係争地について杭を打つて境界を確定させたものであつて、単に合意の解除あつたばかりでなく、更に進んで控訴人に於て引渡を受けたので始めて控訴人は材木を運んで置いたものであつて証人となつた伊藤厚之助が(当地方で有名な三吉で訴訟のみを商売とする者)被控訴人を教唆して後日になつて裁判をさせたものである。

代理人勅使河原直三郎上告理由

第一点証人小野義一は記録上明なる如く被上告人の外上告人に於ても之が申出を為したるものにして、原審は其の証拠調の施行を平簡易裁判所に嘱託したるものなるところ、被上告人に於て之が申請を抛棄したる為、該証人の取調を為さずして弁論を終結したるは違法なり。上告人は該証人の取調を抛棄したるものに非ず、原審も亦之が証拠決定を取消したるものに非ざるは勿論、該証人の証言は本件の帰趨に重大なる関係あるを以て、此の違法は判決主文に影響を及ぼすべき事項なること多言を要せず。原判決は審理不尽の違法ありて破毀せらるべきものと信ず。

第二点被上告人は原審に於て其の請求原因を変更し、本件宅地の所有者は訴外小野普平にして現在は其の家督相続人たる訴外小野義一の所有なり。而して小野務平は小野普平の代理人として之を江連及び被上告人先代に賃貸したるものなりと主張したることは原判決事実摘示により明なり。然るに原審は此の事実に付何等上告人の答弁を求めざるは勿論(昭和二十三年四月十六日の口頭弁論調書には上告人に於て次回に答弁すとある侭其の後何等の陳述なし)、被上告人の主張に反し本件宅地の真実の所有者は小野務平なりと認定したり。此の如きは弁論主義の原則に反し、当事者の主張せざる事実を認定したるものにして其の不法なること言を俟たず。之加特段なる反対の事実を判示せずして甲第六号証の所有者小野義一の証言甲第四号証(登記簿抄本)の公簿の公信力ある記載に反する認定を為したるは、実験則を無視したる不法の認定にして許すべからざるものとす。而して本件宅地の所有者が小野務平なりや将又小野義一なりやは爾余の原判決の判定に重大なる関係を有するは勿論其の判断の当否は本訴請求の正否に影響を及ぼす事項なるを以て、原判決は此の点に於て理由不備の違法あり破毀せらるべきものと信ず。

第三点原判決は訴外江連吉太郎が本件宅地の内百三十四坪四合七勺の地上に、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十四坪、木造瓦葺平家建工場一棟建坪二十四坪五合を所有し、之を一画の宅地として使用居住し居りたることは当事者間に争なしと判示したり。尤も第一審判決事実摘示にも之に相応する記載あるも、上告人の主張を誤解したるものなり。即ち其の直後に小野務平が被上告人先代に賃貸したる本件宅地の内後に上告人に賃貸したる部分は瓦の土を練る場所として賃貸したるものにして、建物の所有を目的として賃貸したるものに非ざるを以て、此の部分に付ては借地法の適用なき旨主張を為したるに依り明なり。然らば原判決は当事者間に争ある事実を争なきものと誤認したる違法ありて弁論主義に反するものとして破毀せらるべきものと信ず。

第四点原判決は小野務平が同人と被上告人先代木下甚七との間の賃貸借は、昭和二十年五月末日期間の満了に因り終了したるものとして、同年七月頃右宅地の内被上告人主張の区域を、上告人に賃貸したることは当事者間に争なしと判示したり。尤も第一審事実摘示にも之に相応する記載あれども上告人の主張を誤解したるものなり。即ち其の直後に於て本件宅地に付借地法の適用あるものとするも、同法第十七条に定めたる二十年の存続期間は、小野務平が本件宅地を最初に江連吉太郎に賃貸したるときより起算すべきものなる旨氷炭相容れざる主張を為したるに依り明白なり。(昭和二十二年五月二十七日上告代理人の準備書面第一項参照)。即ち上告人は被上告人先代は小野務平と江連吉太郎との間の賃貸借を承継したるものと主張したるものなりとす。然るには原判決は之を否定し被上告人先代は別個の契約に依り小野務平より之を賃借したるものなることは、当事者間に争なき所なりと認定し上告人の主張を排斥したるは、争ある事実を争なきものと誤認したる不法あり。況んや建物の所有を目的とする土地の賃貸借の場合建物の所有者に異動を生じたるときは、其の土地の賃貸借に付前賃借人の地位を承継するは通常の事例にして、其の際改めて別個の契約を締結するが如きは極めて稀有の事例なるに於ておや。原判決は此の点に於ても破毀せらるべきものと信ず。

第五点上告人は本件宅地中上告人主張の区域に対する賃貸借は、被上告人先代と小野務平との合意に依り解約されたるのみならず、其の履行として被上告人先代に於て之を小野務平に返還したる旨主張したり(上告代理人の昭和二十一年六月二十六日準備書面第四項、昭和二十二年五月二十七日準備書面第三項)此の点に関する原判示は極めて曖昧にして、合意解除を認むるに足らずとするにあるか、将又本件宅地の一部を明渡したる事実をも認め難しとするにあるか、之を理解すること能はず。即ち原判決は理由不備の違法ありて到底破毀を免れざるものと信ず。

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